
個人再生は、将来にわたって継続的に収入がある人が選択できる、借金を減額後3年以内(原則)の分割払いをしていく、裁判所を利用した債務整理の方法です。いわゆる住宅ローン特則によって、自己破産のように住宅を手放さなくても良い場合がある点がメリットです。
個人再生において、退職金がどのように取扱われるのか不安に感じる方も多くおられます。
そこで本記事では、個人再生において退職金はどのように取扱われるのか、退職金をより多く手元に残すためにはどのようにすれば良いのかなどを解説します。
個人再生を申立てる時期によっては借金の減額幅が少なくなってしまう可能性もあるため、事前に注意点を把握しておきましょう。
- 退職予定なし:退職金見込額の8分の1
- 退職予定あり(※):退職金見込額の4分の1
- 退職金受取り後:原則、現金や預貯金として全額
※退職後だが、いまだ退職金を受け取っていない場合も含む
▼個人再生の手続き中に退職金の見込額を証明する書面が必要
▼会社に個人再生を知られたくないのであれば、住宅ローンの審査やFP相談を理由として伝えたり、自分で計算するという方法もある
目次
個人再生をしても退職金は処分されない
個人再生をしても、退職金が処分されることはありません。
「個人再生をすると退職金が処分されてしまうのでは」と不安に感じるのは、おそらく「自己破産」をイメージしているのかもしれません。
たしかに自己破産では、地方裁判所によって変わりますが、一般に退職金見込額の8分の1相当額が債権者への配当のため換価処分されてしまいます。
一方、個人再生は財産を処分した後に借金をゼロにするものではなく、減額したうえで分割返済する制度です。返済が前提であるため、退職金が処分されることはありません。
清算価値保障原則について
先ほど、個人再生は退職金を含めて「財産が処分されてしまう債務整理の方法ではない」ことを紹介しました。
しかし、個人再生には清算価値保障の原則があります。清算価値保障の原則とは、自己破産したときに換価処分される金額以上の返済をしなければならないという原則です。
個人再生には最低弁済額が定められていますが、清算価値がそれを上回る場合、返済額は清算価値となります。
負債総額 | 最低弁済額 |
100万円以下 | 負債の金額がそのまま残る(減額されない) |
100~500万円未満 | 100万円 |
500~1500万円未満 | 負債総額の5分の1 |
1500~3000万円未満 | 300万円 |
3000~5000万円 | 負債総額の10分の1 |
たとえば、借金が1000万円、財産総額が250万円の方が小規模個人再生を利用する場合、民事再生法が定める最低弁済額は200万円ですが、財産が250万円あるので、清算価値保障原則により借金は250万円までしか減額されません。
つまり、保有する財産や退職金の受取見込額によっては、個人再生をしても借金が減額されない可能性があるのです。
退職時期によって清算価値の計上割合が変動する
これまで、個人再生では退職金が処分されることはないものの、その額によっては個人再生における借金の減額幅が少なくなってしまうことがあると紹介しました。
これは清算価値保障の原則によるものですが、実は「退職時期がいつなのか」によって清算価値に計上される退職金の額の割合が変動します。
退職金について、退職時期と退職金の清算価値の計上割合は以下のとおりです。大まかには、退職金を受け取るまでの期間が短いほど多くの額が清算価値に計上されます。
- 退職予定なし:退職金見込額の8分の1
- 退職予定あり(※):退職金見込額の4分の1
- 退職金受取り後:原則、現金や預貯金として全額
※退職後だが、いまだ退職金を受け取っていない場合も含む
地方裁判所によって実際の運用が異なる場合があるため、あくまでも目安としてください。それぞれもう少し詳しく確認していきましょう。
退職予定なし
退職する予定がなく、退職金を受け取ることが不確実といえる場合、退職金見込額の8分の1が清算価値に計上される目安です。
後述しますが、原則は退職金見込額の4分の1を清算価値に計上します。退職予定がない場合にはその半額である8分の1となるため、個人再生をする人にとっては負担を抑えられる取扱いといえるでしょう。
退職済みだがまだ退職金を受け取っていない、退職予定がある
退職金を受け取ることがほとんど確実である以下のような場合は、原則として退職金見込額の4分の1が清算価値に計上されます。
- 退職済みだが、まだ退職金を受け取っていない
- 手続中に退職することが決まっている
なぜ4分の1なのかというと、民事執行法第152条第2項で、4分の3相当は差押禁止債権とされているからです。当然、4分の3は差し押さえが禁止されているため、差し押さえできるのは残る4分の1となります。
引用元:e-Gov法令検索「民事執行法」
退職済みで退職金を受け取っている
退職金をすでに受け取っている場合は、受取額の4分の1ではなく、原則として全額が清算価値に計上されてしまいます。
退職金を受け取った後は、銀行にお金を預けたり、株式や投資信託を購入したりすることが一般的といえるでしょう。
この場合も地方裁判所の運用基準などによって異なりますが、預貯金や有価証券は清算価値として計上することが一般的です。
退職金をより多く手元に残す方法
退職時期が近いほど清算価値に計上される額が大きいことを紹介してきました。また、同様に借金の減額幅が少なくなってしまいます。
それでは、もし近い将来に退職して退職金を受け取る予定がある場合はどのようにしたら良いのでしょうか。
退職金の受取時期が近い場合には、退職金を受け取る前に「再生計画認可の決定」を受けることをおすすめします。つまり、個人再生の手続きを急ぐべきです。
- 退職金の受取り前:退職金見込額の4分の1を清算価値として計上
- 退職金を受取り後:原則として全額を清算価値として計上
上記のように、退職金の受取前後で大きく清算価値として計上する額が変わってしまいます。「再生計画認可の決定」は再生申立費用の準備期間にもよりますが、弁護士に相談してから1年程度を見込んでおきましょう。
退職金を受け取る前に個人再生する場合の必要書類は「退職金見込額証明書」
個人再生における借金の減額を考慮すると、退職金を受け取る前に個人再生をすることがおすすめです。
いざ個人再生を申立てるとき、収入や支出、資産の状況などをまとめておかなければなりません。前述の清算価値保障原則はもちろん、再生計画を立てるためにも必要です。
そのうち、退職金に関して「退職金見込額証明書」の提出が求められる場合があります。退職金見込額証明書は、その名のとおり勤務先に依頼して退職金の見込額を証明してもらう書類です。
なお、勤続5年未満であっても退職金見込額証明書が必要になる可能性はあります。勤続5年未満など勤続年数が短ければ退職金は支給されないと考える側面もありますが、勤続年数が短くても退職金を支給する企業もあるためです。
参考までに、東京都労働相談情報センターの調査によると、47.4%の都内中小企業が退職一時金の支給における最低勤続年数を3年としています。
参照:東京都労働相談情報センター「中小企業の賃金・退職金事情」
もっとも、勤務先に退職金制度がないこともあるでしょう。この場合は、退職金制度がないことを証明する書面が必要となる可能性があります。
個人再生をすることを会社に知られずに、退職金見込額証明書を発行してもらう方法の一例
個人再生を検討している人の多くが、個人再生の申立てを行う事実を会社に知られたくないと考えるでしょう。「個人再生の手続きに必要だから」と率直に理由を伝えることに抵抗があるのは当然です。
しかし一方で、退職金見込額証明書は、会社に依頼して発行してもらわなければなりません。そこで以降では、個人再生をすることを会社に知られないで、退職金見込額証明書を発行してもらう方法の一例を紹介いたします。
・ローンの審査
会社に退職金見込額証明書の発行を依頼するとき、「住宅ローンの審査で提出を求められた」と伝えるのも1つの策です。
住宅ローンは35年程度の長期間で返済計画を立てる必要があるため、年齢によっては審査時に提出を求められることも、そう不自然ではありません。
ただし、すでに家を持っていることが職場に知れていたり、20代であったりするとやや不自然に思われるかもしれません。
・FPとの相談
住宅ローンの審査だと不自然に思われるかもしれないと不安な場合は、「FP(ファイナンシャル・プランナー)との相談で提出を求められた」という理由を伝えても良いでしょう。
この場合、たとえ20代で持ち家がある状態であっても不自然ではありません。老後資産構築や保険選びの相談をするうえで、「退職金がいくらもらえるのか」は検討材料となりえます。
・自分で退職金見込額を計算する
会社に知られたくないときの最終手段といえる方法は、自分で退職金見込額を計算する方法です。自分で退職金規定を見ながら計算すると良いでしょう。
もっとも、「退職金・年金通知書」などの書面で定期的に算定日時点の退職金総額を通知してくれる会社もあります。そのような場合には、当該通知書をもとに自分で見込額を計算しやすいでしょう。
退職金の構成は会社によって異なり、退職金の計算が難しい場合も大いにありえますので、弁護士と相談しながら必要書類を集めることが重要といえるでしょう。
清算価値に計上しなくてよいお金
今まで、退職金は清算価値に計上されることを前提に話を進めてきましたが、退職金のなかには「清算価値に計上しなくてよいもの」があります。どのようなものかというと以下のとおりで、法律上は「差押禁止債権」にあたるものです。
- 確定給付型企業年金(DB)
- 確定拠出型企業年金(DC)
- 中小企業退職金共済法(中退共)に基づく退職金
- 社会福祉施設職員等退職手当共済法に基づく退職金
- 小規模企業共済制度に基づく退職金
差押禁止債権は、仮に自己破産したとしても差し押さえられない債権であるため、清算価値に含める必要はありません。
個人再生の手続きは個人ではなく弁護士に依頼する
数ある債務整理の方法のなかでも、個人再生の手続きは弁護士に依頼することでより失敗しにくくなる方法です。
そもそも債務整理は利息制限法に基づく引直し計算や債権者との各種交渉、裁判所に対する事実疎明など専門的な手続きがあります。これを弁護士に頼らず行うことは制限されていないものの、実際に債務整理を完了できるかどうかについては難しいというのが実情です。
特に個人再生の場合は清算価値保障原則に基づく計算や申立書の作成、添付書面の準備、再生計画案の作成など、非常に複雑な手続きを経ます。
実際、仙台地方裁判所のホームページには赤字で以下の記載があるため参考としてください。
引用元:裁判所「個人再生手続利用にあたって」
多重債務に関する弁護士との相談料は無料である場合も多いため、まずは弁護士に相談すると良いでしょう。
まとめ
個人再生において退職金を処分されることはありませんが、清算価値保障原則によって借金の減額幅に影響が出てしまいます。
- 退職予定なし:退職金見込額の8分の1
- 退職予定あり(※):退職金見込額の4分の1
- 退職金受取り後:原則、現金や預貯金として全額
※退職後だが、いまだ退職金を受け取っていない場合も含む
また、個人再生の手続き中に退職金の見込額を証明する書面も必要です。
会社に個人再生を知られたくないのであれば、住宅ローンの審査やFP相談を理由として伝えると良いでしょう。もし難しいようであれば、弁護士と相談しながら自分で計算することも1つの手です。
多重債務などで個人再生を検討している方は、早めに弁護士に相談してみましょう。